くじらぐも

 私には姉がおり、何でも先にいろいろなことを経験している姉とどうしても同じことがしたくて、よく親にせがんで困らせたことを覚えています。特に、幼稚園児だった私にとって、小学校という場所は羨望の場所でした。夕食を終えると、ランドセルの中に教科書と文房具を詰めている姉の姿を見て、「わたしも早く、学校というところで、勉強をしてみたい!」と思ったものです。なぜなら、幼稚園の通園バッグには、出席ノートとハンカチ・ちり紙しか入れるものが無かったからです。

 期待を膨らませて入学したせいか、小学校1年生の出来事は、今でもたくさん覚えています。国語の授業で読んだ「くじらぐも」が、特に印象的で、ぼんやりとはしていますが、当時の教科書の挿絵も思い浮かべることができます。空に本物のくじらが泳いでいるようで、何度読んでもワクワクしました。
 青空を悠々と泳ぐ大きなくじらぐも。作者は、『ぐりとぐら』で有名な中川李枝子さんということは、大人になってから知りました。
 空想がちな子供だった私は、休み時間や体育の授業のときに、空を見上げては、くじらぐもの登場を待ち、夜になれば、くじらの背中に乗って空を回遊する夢を何度も見ました。




 もう実現不可能になってしまったことですが、20年ほど前は、フライト中に操縦室を見学させていただけることができました。カナダのサスカチュワン州の小学校でインターンをしていた友人を訪ね、一人でカナディアン航空(今はなくなってしまいました)の飛行機に乗った時のことです。

 バンクーバー行きの飛行機は、ジャンボ機だったにもかかわらず、乗客がほとんどおらず、前後左右、何列も誰も座っていないという状況で、ありがちな隣に座った人との会話もできず、退屈な時間を過ごしていました。暇な時間が増えたことで、
「そういえば、操縦室の見学を申し出たら可能らしい」と、誰かから聞いたことを思い出し、せっかくの機会なので、思い切って申し出ることにしました。

 私が尋ねたCAの方は、「ちょっと待ってください」と言うと、どうやら操縦室?にお伺いを立てに行ったらしく、10分ほどしてから、「どうぞ~!」と、私を迎えに来てくださいました。

 機内前方の厚い扉を開けると、そこには3人の男性が。恰幅の良い白髭をはやしたサンタさんが機長さんのようです。隣には青い瞳の紳士の副操縦士さん。その背後に、横を向いて座り、難しそうな機械を扱っている若手の方、、、きっと航空機関士だったのでしょう。
 前面のガラスには、雲の上の景色が広がっていましたが、ただただ眩しくてまともに目を向けられませんでした。眼下に広がる真っ白な雲が陽の光を反射して、光り輝く真っ白な絨毯の上を滑っているようでした。
 
 その時、 「あぁ、、くじらぐもの上に乗ったら、こんな感じなのかな・・・」
 と、急にあの物語のことを思い出しました。
 「曇に乗ったら、眩しいんだ。太陽の光をダイレクトに受けるんだ・・・」
 
   飛行機の操縦室を、しかも実際にフライト中の操縦室を生まれて初めて見た私は大興奮。機内はどうなっているのか興味津々だったのですが、3名の紳士が次々に、
 「カナダではどこへ行くのか?」
 「旅行か?」
 「何歳か?」
 などという質問をするものですから、見学どころではありません。

 当時、私は27歳だったのですが、年齢の話になって、「いくつぐらいに見える?」と聞くと、「19歳?」「ん~~~、、、20歳かな・・・」などと言うものですから、やはり日本人は実年齢より若く見られるのですね。
  今でいうところの、アラサー女が会社で休暇を取って、 友人のところへ行くということを知ると、3人とも驚いて、
 「どんな仕事をしているんだ?」
 「どこに暮らしているんだ?」と。操縦室をじっくり見る暇などありません。

 挙句に、機長は、私の隣に座っている航空機関士を指さして、
 「彼はまだ独身なんだ。」などと言うものですから、操縦室は笑いの渦です。(ちなみに自動操縦中です。(笑)
 「彼は日本では、恵比寿のホテル(きっとウエスティンですね)に滞在するんだ。ぜひ、日本に帰ったら会ってあげてよ・・・」と。(もちろん冗談で言っているのです)
 カナダ人でも、ある程度のご年齢の方は、日本と変わらず新橋的会話をされるのですね。

 4人でそんな下らないことで盛り上がり、機長はご自身が被っていた帽子を私の頭の上に乗せると、例の航空機関士さんに写真を撮らせて、私は機長、副操縦士と仲良く3ショット。、貴重な記録を納めさせていただきました。

 そこへ、CAの方がしびれを切らしたらしく、操縦室のドアをノックして「そろそろ・・・」と、退出の催促をされました。(笑)

 今では絶対に叶わない経験です。機長もどきの私の写真は、今でも大切にとってあります。
 くじらぐもの上にちょっとだけ乗った私の体験談です。

 

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